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「子育ては一大事業である。だが、いまだかつてその適性検査が行われたことは無い」 (バーナード・ショー)
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この言葉が出てくると、必ず思い出すことがある。
私は知らなくていい価値観を知っているし、経験している。

私の友達には家族が円満でない人も多い。
長く付き合っている人ほど、その傾向がある。
今まで付き合った人に関して言えば、今の夫以外、みんな何かあった。
親が離婚している人、母親がアルコール中毒になっている人、父親が何年間も家に帰ってこなかった人、親がご飯を作ってくれないから毎日コンビニ弁当を食べている人 ・・・

今の世の中ではそんなに珍しいことではないのかもしれない。
けれども、私の年代、そんなに多いことではなかった。

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私も、その人たちも、家庭でそういう思いをしてきた人は何となくわかる。会っただけでも。
話をしているうちに、「あぁ、やっぱり」と思ったことが何度もあった。

そして、言葉で語らなくても分かり合える感情を持っている。
そして、人に半質的にはなつかないのに、なぜか寄り添えるものがある。

家族の話はめったに出てこない。
けれども、長い間生活し、自分の根底にあるものが何となく分かり合えるからか、そういう経験をしていない人には説明してもわかってもらえない感情を知っているからか、多くを語らなくてもわかってもらえる。

そう、自分の根底にあるもの、普通ということが成り立たない世界があること、最後は自分しかいないこと、そういう人たちはしっかり見てきている。

一緒にいるだけで、心地よかった。

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私はいまだに結婚を許してもらっているわけではない。
それを「両親に反対された知人は実力行使して幸せつかんでいるし、孫がまた幸せ運んでくれると思います。頑張って」といってくれた人がいたけど、そうじゃない。

何が違うの?
と言われて、わからない人にはわからないままでいい。
そういうことじゃないんだよ。
それが何を意味しているのか、私がどんな気持ちでいるのか。

家族が円満でない人と話していて、みんなが共通して言うこと。
「わかってもらえないんだから、わかってもらわなくていい。そういう思いをした人しかわからない感情だから。」と。
(結婚のことではなく、すべてのことで)

そういうことを口に出さない妹も、ちゃんとそのことをわかっていた。

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そして、やりたいことをできる人は、その環境にあるということに感謝すべきだ。
自分だけの力ではないことに。
それはお金といった単純なものだけでなく、その環境にあるということに。
「自分がやりたいから」と言う言葉だけでやるのではなく。

私は泣いて説得しても「ダメ」と言われることが数々あった。
というより、「いいよ」と言ってもらえたことのほうが少なかった。
「お母さんと暮らしたい」と言ったときだけが、理由を聞かれなかったかもしれない・・・

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あんまり比較することはいいことではないと思うけれども・・・
今の産婦人科は第1子とは違うところ。
 
第1子は婦人病で通っていたところで妊娠検査を受けたら陽性、
家の近所に日赤があるのでどうしようかと、いろいろ評判を聞いた。
そうしたら、このあたりでも有名な、かなり人気病院ということが判明。
そのまま通院することにして、出産した。
 
人気病院だけあって、ものすごい妊婦さんがいる。
椅子に座れないときもたまにあった(いや、よく か?)
予約制だったんだけど・・・
 
診察もとっても丁寧で、助産婦さんも細かいところまで、こっちが何も言わなくても「○○はどうですか?」と聞いてくれたし、何よりも、こっちが聞く前に説明するシステムが整っていた。
そして、手帳にも「次は助産婦検診」「入院説明」と、こと細かく判子が押されていた。
 
私が住んでいるところでは、前期と後期の2回、検診費が免除される。
その用紙は母子手帳が渡されるときにもらうのだが、母子手帳をもらうための妊娠証明の用紙を助産婦さんから受け取る時点で「検診費免除の用紙が2枚一緒にもらえますから、次来院の際には受付に一緒に出してくださいね~」と言われる。
出しておくと、適時、検診費免除を使ってもらい、「今日は無料ですよ」と会計で言われる。(2回とも3Dエコーをとったときだった)
 
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今の産婦人科はまず驚いたのが、トイレ内に子供用のシートベルト付椅子がない。ということ。
ドアの外にオムツ換え用のベッドがあるけれども、柵がない。
落ちやしないかと、ヒヤヒヤしながらトイレに入った。
もちろん、トイレに入るときには子供が置きっ放しになる。
妊婦検診には毎回尿検査があるから、これから困ったな・・・だ。
(もちろん、前の産婦人科にはすべてのトイレにあった)
 
検診費免除の用紙も、こっちから「用紙すればいいですか?」と聞き、「今回使えますから1枚はもらって、もう1枚は持っていてください」とのこと。
なくさないようにしないと・・・
(正直言えば、預かっていてほしい。
子供がいると、気をつけていても気がつくと大事なものが・・・になっているときがあるから)
 
他にも、採血がメッチャ下手で、私は2回さされた挙句、その青あざは2週間以上消えなかった。
(実家に帰って「どうしたの?」と何人もから言われたくらい、ひどい青あざだった。
実際、採血中、しびれがくるくらい痛かった)
 
そして、母子手帳を見てまたビックリ。
腹囲、子宮底長は計らなかったし、体重は計ったのに記載されていなかった(記入されていたのは血圧だけ)
自分で書けってこと?
(ちなみに、前の産婦人科では14週から母子手帳に記載があり、今の産婦人科に行った昨日は15週目)
 
う~ん・・・
 
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と、そんなこんな言っても、なんで今の医院にしているかといえば、
1番は子連れ入院ができること。
前のところではできない。
うちの状況を考えると、日中なら問題ないが、夜中に出産になった場合、純粋に困る・・・
 
そして、今の医院は保育園から一番近い。
それは通院の面でも、入院してからも便利なのだ。
 
1人子供がいると、産院を選ぶ条件が変わってくる。
近くに親族がいないとなると、やっぱり仕方ないし、それもまたアリなんだろう。
 
あとは予断だが、今行っている医院はご飯がおいしいらしい。
朝食は焼きたてパンが食べれるというし。
(前の医院もごはんはすっごいおいしくて、季節のものが出たり、盛り付けも凝っていてかなりよかった。毎回ご飯が楽しみだった。おやつもおいしかったし。)
 
それと、今の医院は退院前にはフェイシャルエステが受けられるらしいし・・・
なので、今の医院に行くしかないのです。
救急車事故:妊婦が流産 9施設が拒否、奈良・橿原から大阪・高槻に搬送中
http://www.mainichi-msn.co.jp/kansai/news/20070829ddf001040002000c.html

最近、話題になっているニュースですね。
問題にならないのか、気づかれていないのかわからないけれども・・・

ブログを見て回っていると、女性の方は気づいている、関心を持っている方が多くいらっしゃいました。

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このニュースの問題は、受け入れ先の病院がなかったこと。
それも確かにあると思うのですが、妊娠20週目でかかりつけ医がいなかった
→病院に行っていなかったことも問題にあるのでは?

20週といえば、おなかも少し出てきます。
つわりのない人でも、何らかの体の変化は感じ取れてもいい頃です。生理もとまりますし。
それが妊娠だとしなくても、体調の変化に気づいていないことはほぼないと思いますが・・・

なんで病院にいかなかったのか?
もしかしたら、「行けなかった」のかもしれません。

検診費が払えない?
産むことができない?
相手が承諾してくれない?   ・・・

理由はわかりませんが、7ヶ月になる妊婦が、と思うと、不思議というか、複雑な心境です。
しかも、もし検診を受けていたら・・・と思うと・・・
心音を見てもらえたかもしれない。
流産の兆候を見てもらえたかもしれない。
適切な生活指導をしてもらえていたかもしれない。   ・・・

母は妊娠がわかったら、その子のためにしなければいけないことがあります。
母子健康法?だっけ?に定めてあると思うのですが、定めてあっても、実際実行するには障害があるのも事実です。
まだまだ足りていないのが実際の行政です。

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そして、産科医の慢性的な不足。
日常的業務でもいっぱいいっぱいで精一杯しているお医者さんたちに、これ以上を求めていいものなのでしょうか?

私はそうは思いません。
私の勤務している会社がある地区一帯の出産を担ってきていた病院が、来年産科を廃止することが決まりました。
いろいろやってきたけれども、目処がつかないとのこと。
近隣の市町村で受け入れをするとのことですが、それが解決なのでしょうか?

こういうときにこそ、国やもっと大きな組織の力が動いてくれないと・・・
産めよ増やせよ とは言うけれども・・・
産む気はあるけど産めない人がいること、わかってもらえているのでしょうか?

なんだか、悲しくなってきます。

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わたしごとですが、ようやく母子手帳をもらってきました。
というのも、忘れてて・・・アハハ
上司に行ったら「いいよ~」と業務中に行かせてもらいました。ありがとうございました。

にしても、本当に、検診費、高いです。
1回5千円以上かかるときはざら。
月に2回行けば諭吉が飛んでいきます~

義務付けられているはずの血液検査も保険がきかないため、この間の初期血液検査のときは1万5千円も取られました。
血液検査はこの後少なくても2回はあります。
妊娠は病気じゃないけど・・・
(ちなみに、妊娠確定の検査も保険ききません)

私の住んでいるところでは前期と後期で2回、検診が無料になりますが、2回だけです。
もっとどうにかならないものですかね・・・
久しぶりに会社とケンカした。
会社と言うのは語弊か?ケンカと言うのは語弊か?
問題提起をした、というのが正確?

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1つは、会社の規定に書いていないことをいまさらダメだと言われたので、
「納得できません」「言われていたら、事前にそうならないようにしていました」という件で。
しかも、1回承認されていた(OKといわれていた)にもかかわらず、だ。

「常識の範囲内で」といわれても、今のこの時代、人々の常識は共通だろうか?
様々なライフスタイルがある中、組織である以上、一定の基準を設けなければいけないのは当然のことではないのか?
別に、今回の件で私が不利益を受けることはかまわない。
けれども、これからの人に、規定に書いていないこと、情報提供が全くされていないことで不利益は受けてほしくないし、
会社として当たり前のことだと思う。
規定に書いていないと、知るすべがない。
「内規で・・・」と言うなら、きちんと説明をしておくべきではないのか?

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それと、今の会社に組合はないが、組合に似たような、機能していない会議がある。
(本当の目的は労使らしいが、とてもでないがそんなことはしていない)

問題や改善してほしい点があったら代表者に伝え、代表者が会議で検討をしてもらうものだが、事によって、「誰が言ったのか」を聞かれる。
言った人によって、解答を変えるのか?
検討するかどうか、判断を変えるのか?
そして、言った人が不利益を受けるようになるようになっている。
何のための会議なんだ?

ただでさえ全グループに関することでも1者の一存で「必要なし」と結論出され、「検討します」は検討されないままになっている会議だと言うのに・・・
意味がない。

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そして、さらには上司が部下に「問題提起をしないように」「そういう発言をしないように」と言うのがすごいところだ。

別に、一個人の利益目的で言っているわけではない。
何人もの人から言われていることを提案し、検討中になっていることを「どうなったんですか?」と聞くのがいけないことなのだろうか?
しかも、正規の場所で、正規のルートで。

言うことで私が不利益を受けるから?
なら、そうならないようにするのが上司の役目ではないのか?
そもそも、それでなぜ不利益を受けなければいけない?

ことを大きくしたくないから納得してほしい って、なぜそれで私は納得しなければいけない?
目の前に問題があるのに、一番に変えていくことを推進していかなければいけない部署なのに その発言?

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すべての人に好かれようなんて思ってない。
急激な会社の変化なんて望んでいない。(望んでいてもできないだろうし)

問題提起が出ないのか、言えない風土なのか・・・(以前は言うと左遷されていたらしいが)
YESマンだらけのトップ。

自分が納得できないことを妥協はしたくないと思う。
自分のために。

けれども、そういう人は嫌われる。
いいけどね、影で応援してくれる人がいることを知っているから・・・
本当に、本当にしんどい土曜日だった。
というか、正確には金曜の夜から・・・

何度もトイレに行き、腹痛と格闘し、寝込んでいるのに、夫は土曜日の昼少し前から遊びに出かけていった。
子供が「ごはん!」と言うからごはんを食べさせようとするも、強烈な痛み&吐き気。
「ごめんね、ごめんね、すぐ戻ってくるからね」と言い聞かせ、テーブルの上に自分で食べれるように小さく切った食べ物をのせてトイレ。
戻ってきて数分もしないうちに、また同じことの繰り返し。
ご飯が進まないし、何よりも子供が可愛そう・・・

たまらなくなって、夫に電話した。
電波が届きません・・・
仕方ないからメールした。

友達に電話した。

事情を話して、「今向かっているから、着いたら家に戻るように伝えて」と。
友達の優しい言葉に涙が止まらなかった。

心配かけました、本当にすいませんでした。
そして ありがとう、助かりました。

友達が電話をかけてくれたのか、到着して伝えてくれたのかわからないけど、夫は戻ってきた。
私はもうすでに力尽き、居間で蹲り、横たわっている状態だった。
子供も心配してくれているのか、私の傍でおとなしく遊んでいた。
夫が寝室に連れて行ってくれた。

そうやってお姫様抱っこで寝室に運ばれるのも、もう何度目になるだろう・・・
何度やったら、そうなる前に気づいてもらえるんだろう・・・

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次の日、ちょっと具合もよくなり、申し訳ないものあって、友達のところに顔を出した。
他の友達(というか、指導者?管理者さん)も、
「具合が悪いのがわかってて置いていくのはよくないね~、でも、本人は行きたいっていうしねぇ・・・」
と言っていた。

結局は本人しだい・・・

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夜、結婚式を間近に控えている友達とメールした。
(夫に「戻ってきて」と伝えてもらおうと私が電話してて、着信履歴が残っていたからメールをくれた)

『1回しかないことと、何回もあることは大事さが違うと思うけどな・・・』

それが男と女の違いか?
二人でいる以上、どちらかが折れるか、妥協するか、歩み寄るしかない・・・

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今回も、多くの友達に支えてもらって、何とか戻れた。
私も気持ちも、体調も(?)
本当にありがたいことだと思う。

日曜日、久々に夫と「会話」した。

私は、他の人が思っているほど強くない。

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最低体重を更新しました。
今、4キロ減。
今日は私の29回目の誕生日です。
母がこの年のとき、私はもうすでに6歳です。
小学校入ってますね。
おかしいことではないけれども、すごいな・・・と、改めて感じます。

私は今までも「誕生日」は特別なもの と思ってきました。
誰に対しても。
その日に生を受けなければ、会うことがなかったから。
命がこの世に送り出されると言うことは、本当にすばらしいことだと思うから。

そして、その思いは、子供を産んでからちょっと違うことも思うようになってきました。
うまく言えないんですが・・・

「あんたなんか産まなきゃよかった」と言われ、
「だったらおろせばよかったじゃない!」と答え、
「私はいらない子だったのかな・・・」と思いながら生活をしていた時期もありましたが

今は純粋に
「産んでくれてありがとう」と思います。

そして、子育ては生む前のお腹にいるときから始まっている。
そのことを今は大事にしたいと思います。
仕事をしていて救われた日だった。

今日は午前中休みを取って、いろいろな用事を済ませた。
朝一の夫から家事をしないことへの文句を言われ、罵声をあび、
取調べでは相変わらず嫌な思いをし、産婦人科によって会社に行った。

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夫も疲れてる。

私へいろいろ言われる分には我慢もできるけど、これから我慢することが増える子供には、今だからこそできることがあると思う。
それを今の夫は忘れているように思う。
(まあ、私も胎教、2番目の子のことを考えればあまりよくないと思うが)

そして、子供を怒るとき、怒るときは最初に全部を言って、言い聞かせて、あとは泣きたいだけ泣かせてから なだめるようにしたいと私は思っている。
大人だってグダグダ言われるのは嫌なのと同じで、子供でもそうだと思うから。

悪いことがわかっているから泣いているんだろうし、泣き止むタイミングがつかめなくて泣いているのに、それに畳み掛けて「おまえが悪いんでしょ」とかいろいろ言っていても、ますます泣くしかなくなってしまう。
それは人の顔色見たり、意固地な性格になってしまうと思う。

そして、一人が怒ったら一人は逃げ場になってあげないと、子供が可愛そうだ。
うちは2人しかいないのだからなおさら。
2人で怒っていたら子供の行き場がない。

イライラの行き場がないのかどうかは私にはわからないが、そんな二人を見ている自分が辛かった。
でも、今の私に何ができるわけでもない・・・

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毎週のように遊びに行く夫を尻目に、私が我慢していた時期があることも、今は覚えていないだろう。
一緒に行きたいからと予約した検診、「遊び行く約束したから」と、簡単にキャンセルされたことを私は忘れないと思う。
出産の準備は誰がした?
家のこと関係の手続きは誰がした?
お金関係のことは誰がしてる?
二人目の妊娠がわかったときに、自分から言った「家事は全部やるから」と言ったことも。

家事をお願いしてからは、私は文句を言ったことはない。
ただ、毎週の掃除を約束(というより、子供によくないから)していたのに、自分が遊びに行ってしていなかったときに、「掃除してね」とだけ言っただけだ。

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会社の先輩はやっぱり先輩だった。
なぜか今日はそんなことを話す機会が、時間が、たくさんあった日だった。
聞いてもらうことで、ちょっとしたことをアドバイスをもらうことで、気持ちが軽くなった。

今、家のことはほとんど夫にしてもらってありがたいと思ってる。
けれども、今のままだと二人とも続かないと思うし、子供のことを思ってもよくないと思う。
母から一時的に来てもらうのもいいのかな、と思う。

夫の考えを聞きたい。
今日、少し保育園にスピード違反の件で話しをしに行った。
取調べに来るそうなので、その対応をお願いします、と。

対応してくださった方2人はとても親切で、「わかるわかる、そうだよね~」と、とても心温まる対応をしてくださった。
「警察の人は本当に、意地悪だよね」と。
「こちらでできることはしますので」とも。
「お母さんは気を落とさないでくださいね」と、お気遣いいただいたことも嬉しかった。

モノには言い方というものがある。
同じことでも、言い方ひとつで全然違った意味を持つ。

保育園での対応に、気持ちが軽くなった。

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先生も言っていた。
「本当に、子供が大事だと(国や行政が)思っているなら、『そうですか、そういう理由なんですね。では気をつけてください』と言って帰してくれればいいのにね。」と。

調書を書くのにどれだけの時間がとられることか。
その罰金で子供の何が買えるだろうか。

これからの国を担っていく命と、警察官のノルマ
どっちが大事なんだろう?

規則は規則
すべての場合にすべてが当てはめられるとは思えない。

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子供が産みやすい社会に、子供が育てやすい社会に。
本当に内容をわかっている人が変えていかない限り、
本当に必要な人が利用できるようにしていかない限り、社会は変わらない。
いいのか悪いのかは別として、私は愚痴を言わないようにしているつもりだ。

まあ実際は言える相手がいない、ということもあるのかもしれないが。
たぶん、大事なことに関しては、夫にも言わないだろう。
ノート(雑記帳)か日記か、ブログにちょっと書きながら、自分なりの出口を見つけていくことのほうが多い。

けれども、それは時として、自分の逃げ場をなくしてしまったり、
うまくいってるのね。と誤解を生むことにもなる。
本当は違うのに、だ。

夫婦のことにしても、
「え?けんかするの?」とよく言われる。
まあ、その人も喧嘩しない夫婦はいないと思ってはいるのだろうけど。

実際、よくやってくれているとは思う。
けれども、本当に満足できているかといわれれば、それは求める基準があり、それを相手のキャパシティに照らし合わせると求めていけない場合もあるだろう。
それと、できるできないの問題ではなく、気持ちの問題の場合もあるだろう。

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私は大抵「怒る」という感情より、「諦め」の感情のほうが先にくることが多い。
言っても仕方ないな、と。
それは上記も含め、いろいろな意味で。

だからか、最初から求めないようにしているつもりだ。
そうすれば嫌な思いを最小限にできるから。
けれども、それが逃げだということもわかっているけど。

それもあって、「愚痴を言っても仕方ないな」につながっているのかもしれない。
愚痴を言っても何かが変わるわけではないから。
場合によって、自分が少し楽になるだけだ。
(私の場合、言っている自分が嫌になるときのほうが多いが…)

その結果、どんどん自立するようになり、個人を確立していくことになったんだろう。
(自己分析?)
結局は自分にかかってくることだから。
相手にやってもらう場合でも、頼る場合でも。
人のせいにしていても仕方ない。

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最初に戻って、

けれども、誤解しないでほしいのは、すべてがうまくいっているわけではないということ。
まあ、これは我が家のことだけではないけれども。

外では揚々と仕事と育児をこなしているように思われても、
夫の趣味を容認しているように思われても、
実際は違うと言うこと。

「いいお父さん」と思われることは 私自身もうれしかったけれども、
その演出をしすぎたことを少し後悔。

準備があってこそ、実行の場がある。
それは当たり前のこと。

今少し何かをしたからといって、それがすべてではないこと。
今までの過去、家庭に割いた時間の差異があること。
「今」がすべてではない。

もちろん、やってもらっていることはありがたいと思うし、当たり前だとも思っていない。

-----------------------------------

実際はそんなに甘いものじゃない。
日曜日の夜は本当に、救急車呼ぼうかと思うくらい辛かった・・・

日中はいつものごとく寝て過ごし、夕食。
食べている途中からお腹が痛くなり、トイレへ。

それから激痛。
いっそのこと、意識なくしてほしいと思うくらいの激痛だった・・・
第1子のときも激痛があったけど、それに匹敵するくらい。
(このときは、気づかないで運動したからか?
 今回は安静にしていたんだけどな・・・)

そして、今までつわりで気持ち悪いと言っても吐いたことがなかったのに
前のとき↑も洗面器は持っていたけど吐かなかったのに、
今回は吐いた。
食べたものすべて。
(すいません、汚くて)

心のよりどころだった冷たい麺類(そうめんとか)、たぶんダメになったな・・・

すっごい暑いトイレの中、冷や汗なんだか、純粋な汗なんだかわからない汗をかきながら1時間以上。
ようやくの痛みの谷間で寝室へ。
痛い、痛い、痛い・・・
そのうち、意識が遠ざかっていた。

気が付いたら23時頃。
這うように衣類を取りに行き、また具合が悪くなって子供の滑り台で数分間うずくまり、
ようやくシャワーを浴び、就寝。

夫は少し背中をさすってくれたけど、「先寝るね」と。
そうして・・・

----------------------------

次の日はまあ、体調はよかったものの、食べれない・・・
水分だけ。

大事をとって仕事は休むことにした。

昼前にはちょっとしたものを食べられるようになって、ちょっと安心。
調子にのって?今じゃないといけないと思って美容室へ。
帰省の準備もちょっとした。

でも結局、夕食後お腹痛くなってダウン・・・
はあぁ~
子供は私用に作ったおかゆ(昨日はチーズリゾット)よく食べます・・・
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