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「子育ては一大事業である。だが、いまだかつてその適性検査が行われたことは無い」 (バーナード・ショー)
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とりあえず放置したまま半年以上が立ってしまいました。

前に書いたのいつだっけ?と思って読んでみて、
このモチベーションあがらないっぷりは
その時から継続していることを再確認(笑)

愚痴愚痴でも、
何もなくても、
とりあえずしばらく書こうと思います。

悩んでいるのも、立ち止まっているのも、
ワーキングマザーのそのままの私だから。

子供は4歳と2歳になりました。(今月末で3歳になりますが)
仕事は引き続き、人事と経営企画しています。

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「10年後の自分」
今考えてみて、と言われても、正直私には少し苦しいです。

20歳からの10年、大学を卒業し、就職し、退職し、引っ越し、転職し、結婚し、子供を2人産み、家を建てました。
たぶんとても変化の激しい10年でした。

体調を崩して薬漬けだった時もある一方、子供を2人産み、体も疲れたでしょう。
私自身、この10年で考え方も、ものの見方も、ずいぶん変わったように思います。

この先10年でここまでの変化はないと思いますが、10年後、私は何をしているでしょう。
何をやりたいと思っているでしょう。


正直、今は流されて生活をしています。
というより、日々のことをこなすだけで精一杯感が否めません。
子供達が小学校に行き、私も40歳になったとき、今は考えられないのが実際です。


でも、数年前 今暮らしている場所を新天地として選び、結果として子供を産み、家を構えました。
ライフワークバランスを考えたら、たぶん、そのときできるいい選択肢だったとも思う。
そのことに後悔はないけれども、寂しいな、と思うことが増えてきたのが事実。

「旦那と子供だけじゃ満足できない?」
よく聞かれるけど、満足できないよ。
友達に会いたいし、話がしたい。

独身のようにいかないのはわかってる、
自分が選んだことだと言うこともわかってる、
でも
会えない人が増えてきている事実は純粋に寂しいと思う、今日この頃。
会いたい人がいっぱいいる。
仕事でお世話になった先輩、一緒に遊んだ仲間・友達、自分を助けてくれた元彼・・・

今どうしているのかな?
ふと、そう思うことがある。
何でもないことでメールする。
元気かな?ということももちろんあるし、つながりをなくしたくないのもある。

今の生活でなかなか自分の気を許せる人に会う機会は少ない。

私の東京時代を知っている人に会う機会はほとんどない。
旦那はもちろん東京時代を知らない。
知っているからなんだと言われればそうだけれども、話せる話が違うのよ。



いつかまた会えるかな?
そう思うことが今の私の原動力。
時間ができて整理していたり、元彼と連絡をとったことから昔の日記を読み返してみた。
今とは全く違う日常が流れていること、全く違うことで悩んでいる自分がそこにいたことが本当に懐かしい。

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元彼とはお互いが自分のことでいっぱいいっぱいで別れた。
私は仕事に追い詰められ、全く余裕がなかった。
そして、体調も最悪で、薬なしでは生きていけなかった第1期目だっただろうか・・・

今もそれは変わらないけれども、私は追い詰められることが苦手だ。
自分では一生懸命やっているつもりでも営業数字がなかなか伸びず、毎日早くから遅くまで仕事をしていた。
(ヘルプの担当は年対比1.3くらい伸ばせるのに、自分の担当は1.2がやっとだったり、1.1とかだったり)
寝る時間はもちろんない。
それに輪をかけて、寂しかったのか、何かを埋めたかったのか、よく飲んでいたし、夜遊びをしていた。
睡眠時間も記載していたのだけれども、寝ていない日が結構あった。
ストレスにプラスして、体を壊すのも納得かも・・・

もし、今の自分があの時と同じ状況に置かれたとしたら、仕事でそんなに一生懸命になれないような気がする。
自分にとって大事なものがわかったから。
それがわかったときに、私が仕事をやめた。
ワークライフバランスを考えた、一番最初のときかもしれない。

------------------

今の生活に満足しているかと言われれば、満足している。
でも、上を夢見ればキリが無い。

もし今の私が東京にいたら、そんなことは言えないかも知れない。
会いたい人がいっぱいいる。
行きたい場所がいっぱいある。
誘惑が多い場所で自分のできる範囲で満足できるかわからない。
今住んでいる場所にそれらはない。

諦めるわけではないけれども、流れに流されてみるのも、今は大事なときのように思う。
「なんでもない普通の家族」という幸せの形もありだと思う。
先日、私にとってすごく大切な人と電話した。(結婚した人じゃなくて)
最近、大切な人、大好きな人と電話することが多いな・・・
先日結婚した人は5年ぶり、今回電話した人は3年ぶりになるかな?

私に「頑張る」ということについて教えてくれた人。
好きなことは頑張ってやっているんじゃないし、好きだからやっているだけ。

今までもたまに、メールをすることはあったし、今回もメールをしていた。
そしたら「電話で話さない?」って。
彼は泊まりの勤務中だった。
私は子どもが起きないように、布団の中で電話をかけた。

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深夜の電話はなんだか懐かしかった。
電話で話すことは 私の覚えがあっていれば2回目だと思う。
近くにいたときは「今から行くね」そう行って、家に来てくれた。
そして夜中中、話をしていた。
それを思い出して懐かしかった。

あの時店にいなければ会うことのない人だっただろうし、
その後私がたまたま鍋に行く気になって、
私がたまたま早く帰る気になって帰ったとき、彼も「帰る」と言わなければ、話すこともなかっただろう。
そして、私がほぼ初対面の彼のステップのないバイクの後ろに二人乗りになる気にならなければ・・・
私たちの出会いは、偶然の重なりだった。

彼ははっきり言って、人になつく方じゃない。
仲良くなったように思っても、どこかで一線を引き、一歩下がったところから冷静に自分を見る人種だ。
そう、彼も家族関係がスムーズにきた人じゃない。
知らず知らずのうちに、どこかでそうなってしまう独特の感じを持っている。

けれども、私はとてもよくしてもらっていた。
彼女でも何でもなかったのに。

私が一人でツーリングに出かけ、バイクで事故ったときも、仕事が終わって駆けつけてくれた。
女の子(しかも大型)だからといってまわりが「大丈夫?」とか、「誰でもあることだよ」とかなぜか慰めの言葉をかける中、彼は私が元気なことを確認すると、帰って行った。
(バイク屋にいたので、まわりは なんでこの2人がつながってるの?と不思議そうだった)
「今は気が張っているから痛くないだろうけど、夜になると痛むだろうから早くゆっくりしろ」という意味のメールが後で入っていた。
実際、帰ってから痛くて、鎮痛剤がないと寝れなかった。

北海道へ彼が一人で行った帰りにも、疲れているだろうに何となく寄っていったり、
我が家に来る途中でガソリンなくなっちゃったから、「灯油のポンプもってバイクで来てー」といってみたり。
私の大型バイクの卒研の前日も、覚えていないだろうと思っていたのに、メールが入っていたっけな。

とにかく、そういうことをするのが想像できない人だっただけに、不思議な関係だった。

でも、私は彼を傷つけた。
彼はもう覚えていないかもしれない。
でも、私はたぶん忘れない。
傷つけてはいけない人を傷つけてはいけない方法で傷つけた。
だから私はそのことに気づいた翌年元旦、軟骨にピアスをあけた。

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夢中になると見えなくなるものがある。
でも、考えなければいけないことがある。大事なことがある。
忘れていけないことがある。


電話をしていて、思った。
「お互い、年をとったね・・・」

最近、また本を読み出した。

楽しくて、ただ新しいことを吸収したくて読んでいるときもある。

でも、周りを閉ざそうとしているときがあること、

1日に一気に読もうとするときは そう、わかってる。

 

何にも考えなくてよくて、ただ没頭すればいい時間が 私には必要。

多分、自分の中での充電時間。

現実逃避といわれれば、それもそうだと思う。

 

それは、遊びに没頭する感覚にも似ている。

ただ、本に没頭するときは「人と関わりたくない」ということを除いて。

 

本を読んでいても何も変ることはない。

自分で未来は変えるもの。

自分で動かなければ、何も変らない。

 

でも、そんなことに疲れても、立ち止まってもいいんじゃないか、

ちょっとそう思う時間。

先日、友達の結婚式に招待してもらい、出席してきた。
2次会は3年以上ぶりに会う友達も多く、でも会えば何も変わらず、笑顔で何でも会話できることが本当に嬉しかった。
そして、過去も今の状況も全部知っているうえで愚痴も言えるし、わかってもらえるし、そういうのがありがたかった。

そこで一緒だった私の大先輩(夫婦として・ママとしての)が言っていたけど、
「今までは会社とかで女性が集まって愚痴言うのって嫌だったんだけど、(今もそれが好きなわけではないけど)
結婚して、子どもができて となると、実際そういう経験している人しかわかんないんだよね~」
と言っていた。
私もそのことには納得。

先日メールで「何にけんかしているわけじゃないんですけど、ほとんど口をきかない冷戦中です」と書いたら
「そういうこともあるよね」とサラッと流してくれたのが嬉しかった。

経験している人でないとわからないことは多い。
私は病気の治療で薬を飲んでいたとき、更年期やツワリと同じような副作用と言われる副作用を経験したけど、実際のツワリはそんなものじゃなかった。
ツワリのまったくなかった妊婦経験者さんは、今でもツワリのつらさがわからないと言う。
でも、妊娠経験がなくてもお姉ちゃんが・・・ とか、実際見てきた人はちょっと違う。

多分私は愚痴を言う人を選んでる。
というか、本当にアドバイスや話を聴いて欲しい時は、アドバイスを自分が受け入れられる人を選ぶと思う。

本気で仕事の内容の話を・・・と思ったら仕事をしているときの私を知らない旦那には相談しないだろうし、
今の土地での暮らしを・・・と思ったら前の暮らしを知らない、今の土地での友人には相談しない。
仕事と育児の両立が・・・と思ったら専業主婦で子どもがいない人には相談しないだろうし、
今の趣味と家庭の両立が・・・と思ったら同じ趣味をもっていない人には相談しない。

例えは違うかもしれないが、女性特有の病気を男性に相談しても私が聞き入れられないのと同じように。
(メンタル面とか、もちろん違う部分では相談する・できると思うけれども)

幸いなことに、そういう相談ができたり、愚痴を言える友人がたくさんいる。
本当に、大事な仲間だと思うし、これからも大事にしていきたい人たちだと再確認した。

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こっちのブログははっきり言って、自分の考えや愚痴を書くことが目的になっている。
新婚の友達に言ったけど、自分なりのストレス発散方法の1つだ。

それを知ってか知らずか、私の性格を知っているからか、ブログのコメントもなければ「大丈夫?」と連絡してくる人もいない。
コメントがあれば嬉しいけれども(もし、個人に対するコメントであれば 状況をまったく知らず、ただ批判する人からのコメントは嬉しくないが)それはそれでいいと思っているし。

だから、私の状況を知らずに「旦那さんと子供が可愛そう。だったら子供つくらなければいいのに。結婚しなければいいのに。」と言われても、それはお門違いなので最近コメントをいただいた方からのコメントは削除させていただきました。
「仕事も中途半端」と言われても、今一緒に仕事をしている人はかなり限られているし、今一緒に仕事している人は前の仕事を知らないし(当たり前)、今は仕事にやる気も意欲もないからそれは当たり前です。でも、中途半端ではなく、やるべきことはやっているので、そういわれる筋合いもないと思います。
私ははっきり言って体が丈夫ではない。
東京にいたときは最低でも2週に1回、多いときは3日に1回、3種類の病院に通い、1日のうち5回以上薬を飲んでいた。
(時間が決まっている薬、食事ごとに飲む薬があったから)
セカンドオピニオンも含めて、いくつの病院に行っただろう・・・
心療内科にも、カウンセリングにも、何回も通ったし、総合診療科?の先生から「こんなたくさん薬飲んでるの?しかも、こんな強い薬・・・」と言われたこともあった。
もちろん、そういう人専用の手帳も持っていた。

私は趣味でスポーツを少しするが、はっきり言って1番の目的は体力づくりだ。
私が本当に体を壊していたときのことを、知っている人は少ない。
もちろん、今の夫も薬を飲むのを見ていたり、話は聞いていても、一番ひどいときを実際に見ていない。

付き合い始めた頃にスポーツをすることがどれだけ大変なことだったのか、わかっていなかったと思う。
今思い出せばになるが、一番ひどいときを知っている元彼と偶然会ったとき、「よかったな」と言った短い一言にはいろんな意味が含まれていたと思う。

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薬で肝臓を壊したこともあって、お酒を飲まなくなった。
飲まなくても平気になったし、飲むことが重要なことではなくなった。

「お酒強い」というのは、ある意味自慢になるのかもしれないけど、特に女の子だと一緒に飲めることが重宝されるのかもしれないけど、そんなことは今の私にとっては興味ない。

大学の友達と飲むと、「え?どうしたの?」と言われ、当時「私=お酒」と思っていた人もいるかもしれない。
居酒屋の開店17時から閉店の2時まで飲んだり、
夜の仕事が終わってから飲みに行ったり(もちろん仕事でも飲んでる)、
朝の7時に電話が来て「今から飲もうぜ」と言われることもあった。こっちは大学行く準備してるって言うのに。

もともとウーロンハイが好きでよく飲んでいたからか、みんな気にしなくなった。
飲むことは大事なことじゃない。

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私の母は、1人目の妊娠を言ったときも、2人目の妊娠を言ったときも、「体は大丈夫なの?」と一番に聞いた。
「健常な子が産めるかはわからない、大丈夫かもわからない、でも産むことは決めた」と答えた。

今日の昼も急な腹痛に苦しんだ(もちろん会社)。
「気をつけなさい」「忘れてはいけないよ」
神様からの警告かもしれない。

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今とりあえず普通に生活できていること、
つわりで少なくてもごはんを3食食べれていること、
自分の力で夜寝れること、朝起きれること、
外出できること(一時期自宅静養だったから)、
車が運転できること(禁止されていたから)、
人と話ができること、
笑えること、

そういう当たり前のことができることに感謝。
私が趣味の世界で知っている人がその世界から足を洗うことにした、そうだ。
私は1回一緒に飲んだことがあるくらいで、その人のことを詳しく知らない。
その人はその世界でのプロで、メーカーからもサポートを受けている人だった。

私はその人がなぜ辞めることを決断したのか、それはわからない。
子供ができたから。と言うのだけは聞いたけど。
もう十分やったから満足して辞めるのか、子供ができるまでと決めていたから辞めるのか、その世界を諦めるのか、それはわからない。
でも、趣味でも続けられただろうそのことを、きっぱりとやめるのは ある意味、潔いと私は思った。

今まで自分のほとんどを費やしてきたことだから、未練もあるだろう。
趣味でやっていけば、他の人より確実に秀でている。
でも、そういう自己満足でないところにその人は価値を求めていたのかもしれない。

プロになるわけでなく、
自己満足のためだけにこだわり続けているより、
楽しさだけを追い求めているより、
自分にとって「今 大事なもの」がちゃんと見えているのかもしれない。

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夫は私には夢中になるものがないと言う。
そう、今の私には休日、何が何でもやりたいことはないし、没頭するようなこともない。
でも、以前はあった。
そのことを夫は知らない。

その世界の大学に行きたいと思っていたときもあった。
師事を受けていた先生からも、大丈夫と言われていたけれども、現実と向き合って諦めた。
毎週東京に通えるお金はない、コネもない、そして、自分の実力をそこまで信じられなかった。
その世界に入りたいと思ったのは進学を決める高校のときだが、それ以前も長年やり続けてきたそのことを私は諦めた。
大学に入ってから趣味でも続けられただろうに、結局ほとんどそれもせず、今は全くしていない。
ただ、歳をとったらまたやりたいな・・・と思って道具は押入れにしまってある。

今でもその世界でプロを目指している友達が何人もいる。
一度就職してから、やっぱりと思って公務員(しかも国家公務員)を辞めた友達もいた。
今どうしているのかな・・・

夢を追うことは悪いことじゃない。
でも、いつかは現実と向かい会わなければいけないときがくる。
それが早いか遅いかのだけ。

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諦めるのは、決して悪いことじゃない。
むしろ、はじめることよりも勇気がいる。

自分にできることとできないこと、できる範囲を見定めることは ある意味大人の選択だと思う。
できないことにいつまでもしがみついているより、今できることを精一杯楽しんでいたほうがよっぽどいい。

子供を産んで、一時的にできなくなることは山ほどある。
でも、後でできることもあるし、子育てでしか経験できないこともある。

自分と他人は違うくていい。
私は自分がいいと思う道を選びたい。
いつか、と思っている夢がある。
先日、その企画書と言うか、すごく簡単な構想メモを書いた。

1つの門は突破した。
ありがたいお答えをいただいた。
でも、この先どうなるかわからない。
今、取り掛かりはじめている。
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